ガラスの靴とシンデレラ物語(2006.2.11)

たぶん世界でもっとも有名な靴 

& たぶん世界でもっとも見かけない靴

** 2003夏 ガラスの靴制作サービスを正式にスタートしたとき、書いた文章です **

 

たぶん世界でもっとも有名な靴

たぶん世界でもっとも見かけない靴

 

もしガラスで作られた靴があったら

触れてみたら・・ヒンヤリとする?

 

手のひらにのせたら・・重い?

 

もし

 

目の前の、この机の上にあったら・・・?

 

そんなこと思われたこと、ありませんか?

上の「世界でもっとも有名な靴・・世界でもっとも見かけない靴」「もしガラスで作られた靴があったら」という文は、2003年夏、最初にガラスの靴を正式に発表した時、どうお伝えしようかと考えたメッセージ。 

 

シンデレラ物語、不思議にもプロットの似た物語は世界中にあります。約300年前、ペローはそうした物語を基に「シンデレラ」をまとめあげました。

 

シンデレラが世界各地の大勢の方々を何世代にもわたり魅了してきたことは、もしかしたら世界各地に共通するDNAをもつ物語として、ペローが予定しておいた思惑(トリック)だったのかもしれません。(※ペローには法律を学んだ建築家という背景があります。) 

 

それでもシンデレラ物語がこれほどまでに愛されるのは、そこに「ガラスの靴」が”存在”するからです。

「ガラスの靴という存在」 たった1つの存在が、シンデレラを世界の人びとの特別な物語にしました。2002年、ガラスの靴を制作するにあたり、ガラスの靴のことばかり思いつめていた時期、1年たって2003年夏、「ガラスの靴という存在」にある”特異点”を見つけました。その特異点を、「たぶん世界でもっとも有名な靴 & たぶん世界でもっとも見かけない靴」と、メッセージの言葉に託したのです。 

 

誰も本物は見たことないけれど、心には「ガラスの靴」のイメージがあります。初めてシンデレラ物語に出会う幼い時、以来、心のどこかにガラスの靴という存在はしっかりと根を張って、いつのまにか”具体的”に心に存在します。不思議です。小さい時、ガラスの靴は「かたち」があまりなかったように記憶します。なぜか大人の今、かたちが具体性をもち、しかし”なんとなく”のままになっている、そんなイメージ、ございませんか? 

 

心に根を張った「なんとなく具体的なまま」の”ガラスの靴の存在”と、重さのある現実のガラスで作ったこのガラスの靴とが出会い、手に、心に、印象が刻まれる時、こころは「なんとなく具体的」を越えていきます。その時、その先に、特異点:「世界でもっとも有名な靴」&「世界でもっとも見かけない靴」という 1点を出発地点として、お二人のオリジナルの想い出(物語)が書き上がっていくことを願っております。2006年2月11日